わっち、やりますで

カテゴリ : 
ブログ
執筆 : 
keian 2012-11-2 11:39
ケイアンは戦国の武将から、イメージすれば、織田信長だそうです。
変わっていることにかけて、日本一。
ですが、ケイアンの好きなのは、大谷吉継です。
ニューモラルという月刊誌が、心を育てるというポリシーのもとに、
≪歴史に学ぼう、先人に学ぼう≫
困難を克服した先人の発見ということで、5000字の原稿を募集しました。
内緒で応募していましたが、ブログのファンのみなさまに一部公開します。
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「わっち、やりますで」
と、五助は名乗りをあげた。
五助の師は不治の病である。
もう、視力はなきに等しい。
西軍として関ケ原。
唯一は茶席での恩義を思ってのことである、、、、
籐堂高虎、京極高知らと戦うが、
松尾山にて、一万五千の大軍を待機させていたのは、小早川秀秋。
19歳の若殿様には、徳川家康から、ズドーンと大砲を撃ち込まれた、そのことだけで、恐ろしくてならない。
恐怖は自分だけは助かりたいという≪一助にしかならない。
大谷隊は全滅。
しかし、五助の他、四人の側近は最期まで離れない。
≪わっち≫は私のこと。
されど、≪わっち≫には、≪わっちら≫と他人の責にして逃げることはない。
西軍は敗れた。これを「たわけ」とあなどるなかれ。
≪たわけになったった≫にすぎない。
籐堂仁衛門は、自分の首とひきかえに、五助が師の首を託されたことをお無と、敵ながらあっぱれ。
供養は【たわけ】ではできぬ。
心からの手向けを誓う。
とうふ屋桂庵よ、
忘れないで、えかっ!
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恥さらし?ですが、岐阜大学の第1期生(昭和8年生まれ)の揖斐出身の女性と、10月27日に岐阜大学の山田敏弘シニア准教授の講座で意気投合して、
どうしても、書きたくなって応募しました。笑ったってね。
岐阜ってええとこやよ。岐阜の言葉はええとわっちが保証します。
 
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